子どもたちの文章表現指導を誰にでも出来る一般化理論の構築・えのさんの綴り方日記

8月19日(火)大会ルポ2日目

8月19日(火)大会ルポ2日目

第2日目研究会報告

 今年は、③分科会の今井成司さんの急用で、3分科会になった。①文法を生きる力に-中学校文法の実践-遠藤登さん(岩手・教科研)②くらしの事実でつながる-事実を思い出してつづることからー上野澄子さん(大阪・つづりかた教育研究会)④国分編『もんぺの弟』を読む-長瀞小の綴方・想画教育を今と未来にどうつなげていくかー参加者による話し合いになった。各分科会の様子は、担当者にまかせる。

記念講演から学ぶこと

 午後の記念講演は、『生活綴り方の風が吹き始める場所』-母でんと生活綴方-安部貴洋(山形県立米沢栄養大学准教授)
「紀要」の1・2に国分一太郎に関する研究論文を3つも寄稿しておられる。安部を阿部と誤植で印刷し、失礼してしまった。ここに謹んでお詫びする。そんな関係から、今回、青森から山形に転勤されたので、急遽お願いした。始まる前にアクシデントがあり、パワーポイントが故障してうまく繋がらない。国分恵太さんの知り合いに操作を電話で問い合わせ、田中健太郎さんが無事解決した。ヤレヤレである。健太郎さんは、欠かせない貴重な事務局員である。

母デンの概念くだき

 出だしは、演題に関わる「さわやかな生活の風が吹き込む場所」(国分一太郎「新しい綴方教室」1952年)の引用から始まる。「子どもに対するそのような姿勢はどこに始まるのか。一太郎にとって、それは母デンに始まるのではないか」全体の構成として、「概念くだき」とはに関わり、その言葉が生まれる過程とその歴史の研究者として、横須賀薫さんの名前が出てくる。こぶし忌時代に記念講演していただいた懐かしい名前である。概念くだきに関する具体的文例を「新しい綴方教室」の中から引用している。
 母デンと「概念くだき」では、「アネコ」(「国分一太郎文集」9)からの引用である。「アネコ。それは、下女をやとうような家で、その下女を呼びならすことばであった。」その返答に、「んだ。今でも、ここの前通って、おれが川ばたで、鍋など洗っているど、アネコからだ丈夫か。て、そばさよってきて、聞いてくなだ。だんまりみたいだけけんど、内心はいい娘でなあ。」ここのやりとりは、生前国分さんに直接聞いた覚えのある有名なやりとである。国分少年が拍子抜けする部分である。

伝統のなかの母

「白夾竹桃」(「自然このすばらしき教育者」創林社)からの引用である。国分さんが、神経衰弱にかかって入院したときの、母デンの言葉である。「そうか、かわいそうになあ、夫婦の楽しみもしないで、おまえは死ぬのか。かわいそうになあ。」「死ぬなんて、そんなバカなこと」などととがめだてすることはなかった。すると病人には不思議な力がわいてくる。」また、母親のことを「『伝統のなかの母』としてとらえ、『新しい母親』は、くらべものにならないような新しい知識、新しい考え方をもっている。」(「私のなかの母と子」)と2つの母親像をくらべている。
「わたしの母は、本当の無学のものであった。、小学校は一年生の時だけしか行かず、あとは、まもなく、よその家に子守奉公に出たという。それで文字は1234のような算用数字と、カタカナしか知らなかった。ヒラガナは読めなかった。」「小学2年生になると、母は、何も教えてくれなかった。教える資格はないと観念していたせいもあろうし、じじつ教えることは出来かねたわけだ。」(「私のなかの母と子」)

順序立ての仕方は、床屋から

「母は店での習慣、床屋という、まことに順序をへたしごと、「はじめ」があって「なか」があって、「おわり」のある仕事のなかで身につけた習慣、諸道具がすべて所定の場所に、つぎに使いやすいところへ整理整頓してあることを、やむをえずつづけたところからくる身体の動き、それを「店」から「家庭」に移ったときにも、しだいにあらわれはじめた。たぶんそうにちがいない。それが、わたしたち子どもに無言の教訓となったのにちがいない」(「私のなかの母と子」)この辺の話は、その後日本作文の会が提起した、「はじめ」「なか」「おわり」を意識して、ひとまとまりの文章を書かせる。構成指導などのときに、大事にされた考えである。じかに国分さんから、床屋の話を例にして聞いた覚えがある。やがてこの考えは、構想指導に繋がっていくのだなあと、感じながら聞いていた。

もう一度読み直したい国分さんの著作

 最後のまとめとして、母デンの「つぶやき」「ひとり言」の意味と「なぜ力がわいてくるのか」を河合隼雄と鷲田清一の「臨床とことば」(朝日文庫)から引用したり、若林一美「死期の悲しみを超えて」(岩波書店)の中の引用などを例に出している。「伝統のなかの母」に学ぶということが大事である。母デンの一太郎に対する姿勢は、苦しみや悲しみと向かい合うにはそれを支える「大人の目」が必要である。国分一太郎の著作を読むことは、「大人の目」を取り戻すこと、さらには生活綴方を可能にしていた前提そのものを取り戻すことを意味する。「つたえあい保育」の大事さを、現在専門に研究されている部門に言及し貴重な研究報告を締めくくった。
 安部さんから紹介のあった国分さんの著作は、すべて読んでいたが、こんなふうにていねいに分析された話は、初めてであった。しかも、母デンを「大人の目」をもって一太郎に接していた話は、鋭い分析である。国分さんたち東北の教師が、生活綴方教育を、「概念くだき」の教育とわかりやすく説明した。その概念くだきの考えは、母デンによって、国分少年の心や体にしみ込んでいったのだと、確信した。もう一度、国分さんの著作物をていねいに読もうという思いを強くした。

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional