子どもたちの文章表現指導を誰にでも出来る一般化理論の構築・えのさんの綴り方日記

11月5日(日)道徳の教科化と管理される教師達

11月5日(日)道徳の教科化と管理される教師達

道徳の教科化と管理される教師達

 このようなテーマの講演会があった。誘ってくれたのは、豊島作文の会の片桐さんだった。学習指導要領が改悪され、2020年度から完全実施になる。ただし、道徳という教科は、来年度から先行的実施になるという。道徳が教科に位置づけられて、評価の対象になる。それ自体が問題だが、国家による、国民の管理・統制のために、権力は、着実に子どもたちを、忠実な都合の良い子どもたちに仕上げようと企んでいることが、本日の講演ではっきりした。私が現職の最後の頃から、道徳の公開授業が義務づけられて、地域の誰でも参観できる体制が取られるようになっていた。本日の講演者鶴田敦子さんは、中学校の家庭科教師をしながら、最後は大学の教授になられた方である。現場感覚で、様々な問題点を指摘してくれた。
 はじめにとして、教師だけでなく、国家による国民の管理が強まってませんか?
子ども  道徳の教科化による、人間の内面が評価
教師 人事考課という評価→給料に影響
指導力不足教員という判定を受ける事へのプレッシャー
保護者 支援という言葉で、私的な営みである家庭教育への介入→家族や地域のあり方への統制
市民  集まって話し合うと、悪いことを共謀しているのではないかと疑われる。

国家だけでなく、市民が市民を監視する社会。

 権力者は、日本国憲法を具現化した教育基本法の改悪を、2006年に強行採決した。その「教育目標」の中に、道徳的項目を盛り込んだ。その1つ目に、「豊かな情操と道徳心を培う」を入れた。5つ目には、「伝統と文化を尊重し、・・・我が国と郷土を愛する」が入ってきた。

道徳教育の内容

 国定道徳で、最も多い内容は、「集団や社会とのかかわり」「修身」と似ている。ひたすら自己反省し、努力し続ける人間像 滅私奉公。憲法で謳う人権的意識を備えた主張をする人間はいない。平和もない。生存権・生命への権威もない。表現の自由もない。

幼児教育の重視

 幼児期の終わりまで育ってほしい10の姿
 ①健康な心と体 ②自立心 ③協同性 ④道徳性・規範意識の芽生え ⑤社会生活との関わり ⑥思考力の芽生え ⑦自然との関わり・生命尊重 ⑧数量や図形、標識や文字への関心 ⑨言葉による伝え合い ⑩豊かな感性と表現
 保育指針の中にも国家を盛り込む。幼児期から感情をコントロールする能力が重要。
 これらは、子どもの諸能力を成長・発達させるという教育ではなく、国家・経済界を、積極的に支える人材を育成する学校教育へ学校教育へ舵を切ったのではないか。特に何もまだ受けていない、幼児教育に重点を置いているのは、新自由主義の国々の共通な特徴である。

そもそも教科として成り立つのか

 戦後の教育は、学問の自由を基礎に、戦前の教育の反省に立って、教育基本法にも憲法にも、「学問の自由」明記した意味がここにある。道徳科は、背景にしている学問は、あるのか。そんなものはない。
 本来、教科担任は、その教科の教員免許状を持っていることが原則である。しかし、道徳は、小中も担任が受け持つことになる。人間の内面に関わることを評価できるのか評価して良いのか。点数評定でなく、文章評価であれば、許されるのか。
道徳の教科書から見えること
 学習指導要領は、価値の押しつけない、多角的・多面的に考える。問題解決型。教材は、読み物教材だけでなく多様であると言っていた。しかし、学習指導要領の見解通りでない教科書が検定合格した。

学校のマネージメント機能の強化

・校長のリーダーシップ ・副校長 ・主幹教諭の配置 ・主任制の導入 ・平教諭
 学校が、ピラミッド型になり、上意下達の命令形式。職員会議の形骸化。

今まで合理化されてきたこと

 学校警備員の廃止・給食調理員の廃止→民間委託化へ
 今後、学校事務職員の廃止 → 民間委託化へ
 教員養成に、国家が直接関与する方向 戦前のいつか来た道である。
 指導力不足教員の判定。研修センターなどで特別研修を課す。改善されなければ、免職にすることが出来る。

現実の教師

 日本の教師は、すべてブラック企業である。職場で、相談する人もいない(バラバラにされた現場。)様々な子どもたちとの葛藤。一部モンスターの保護者との確執。毎日、勤務時間をオーバーし、ゆっくり休む暇もない。心を病んでいる教師が、学校現場に、1~2名いて、学級崩壊を起こしている。
 子どもとゆっくり話す時間もなくなってきている。教員も評価され、給料に響く。職員会議がなくなり、単なる伝達機関に成り下がっている。

労働組合に入らない教師

 日教組 23万人 全教4万人 日高教8千人  1989年に日教組の分裂
 1970年代は、日教組の組合員が、7割から8割組織されていた。

終わりに

 教員も、保護者も、子どもも、市民的権利を行使する市民として生きる。
 小さい頃からの、主権者意識を育てる
 小さい頃から、自分の意見を持つ。

このような視点で、話を締めくくった。

 休憩中に、「大問題!子ども不在の新学習指導要領」と言う本が売られていた。執筆者一覧を読んでいたら、本日の講演者鶴田敦子さんの他に、貝田久さんの名前が出ていた。さっそく、読みはじめている。

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