子どもたちの文章表現指導を誰にでも出来る一般化理論の構築・えのさんの綴り方日記

29日(金)

29日(金)

地震の被害は、すごかった

 研究会の打ち合わせをしたあとは、懇親会を開いてく
れた。その日は、山形に1泊した。もう1泊する予定を
組んでいたので、帰りは、せっかくだから、太平洋側の
大震災のあとを見てみようと決めた。テレビの画面より、
自分たちの目で確かめたかったのだ。山形自動車道に乗
り、村田ジャンクションに向かった。途中で、道路が波
を打っているところが何カ所かあった。路肩の部分が崩
れているところが、2カ所あった。何カ所も補修してい
る部分も確認できた。村田からは、東北自動車道に乗り、
郡山ジャンクションに向かった。郡山からは、福島県の
太平洋側に向かおうと決めた。郡山から、磐城に向かう
磐越自動車道に乗ろうと決めた。しかし、その道路は、
福島原発から20キロに近いので、通行できるかわから
なかった。そこで、案達太良サービスエリアで情報を聞
いたら、走れるとのことであった。そこで、磐城ジャンク
ションに向かった。道路の状態は、もっと悪化していた。
波打つ場所もかなりあった。磐城インターから小名浜海
岸をめざした。途中道に迷ったが、太平洋が見える海岸
に出てきた。古い民家は、かなり崩壊していた。地割れ
もかなり大きく割れているところがたくさん見られた。
そこから、勿来を通り、茨城県に入った。ガソリンが減
ったので、スタンドに寄った。「今晩泊まれるところは、
この辺にあるか。」とたずねると、この辺にはないとの
ことであった。内陸部にはいると、大子の袋田の滝が温
泉もあり良いという情報を得た。そのまま1時間半かか
り、現地に着いた。飛び込みだったので、最初のホテル
は、断られた。そこで、もう1件たずねると、無事泊ま
ることができた。1泊7千円くらいとのことで、ずいぶ
ん安かった。そまつな食事と思っていたが、夕飯も満足
するくらいのものだった。その日は、旅の疲れも出て、
食事の時に飲んだだけで、十分だった。9時過ぎには、
3人とも床についていた。

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